MENU
アーカイブ

さやりんご(吉野紗弥佳/旧:子宮委員長はる、八木さや)さんってどんな人?まとめ

八木さや

ひきこもりでも豊かになれる自分ビジネスという働き方を提唱した

実業家・資産家・美容家の八木さやさん。


そんな彼女は、過去に子宮委員長はるという名前で

「性」を切り口に世の女性たちに自由な生き方を見せる

人気ブロガーだった経歴もあります。


この記事では、そんな彼女の経歴を

子宮委員長はる八木さや→現在の吉野紗弥佳(さやりんご)と順を追ってまとめてみました。

彼女のことを最近知った人や、久しぶりに思い出した人の参考になれば幸いです。

目次

さやりんご/吉野紗弥佳(旧:子宮委員長はる、八木さや)さんってどんな人?概略

彼女の活動は、

子宮委員長はる(2011〜2018年)、

八木さや(2018〜2021年)、

現在③吉野紗弥佳/さやりんご(2021〜)と

名前を変えて行われてきました。


まずは、彼女の経歴を簡単に知りたい人向けに、

それぞれの活動時期について大まかに説明しますね。

交際・結婚歴も含めた詳しい経歴については、後の章で年表としてまとめています。
最初から詳細が知りたい方は、第2章からどうぞ。

「子宮委員長はる」時代

風俗嬢でパワハラやセクハラなど

男性に傷つけられた過去を持ちながら、

男につけられた傷は男で癒す

社会の底辺とされている風俗嬢の私が幸せになれたら、

 それは色んな女性たちの希望になるのでは?

との思いから、ブログで風俗嬢を公言。


自身の本音を「子宮の声」と表現して、

「女性は子宮を大切にしていれば、

 恋愛も経済もうまくいく」

という主張で

アクセス1日5万人の人気ブロガーに。

全国で講演会を行うようになりました。


その後、妊娠(父親不明)を機に風俗嬢を引退。

そんな彼女の世話をする男性が現れて結婚、出産。

自身が幸せになった過程を「子宮メソッド」としてまとめ、

本も出版しています。

著:子宮委員長はる
¥1,213 (2021/05/26 11:44時点 | Amazon調べ)

その後、生活スタイルの違いから、別居→離婚(子供は男性側に)。

さらにセフレと最高のセ○クス体験をして、セ○クス卒業宣言。

そんな彼女を「僕なら幸せにできる!」という男性が現れ、再婚(別居婚)。


結婚式を行った壱岐島で気に入った物件を見つけ購入。

「子宮委員長はる」最後の仕事として、鑑定書の作成・販売を行い、

物件リフォームや移住のための資金として活用されました。

「八木さや」時代

性のことは封印します」「子宮委員長はるを引退しますと公言し、

ガーデニングや農園を大きくやりたいと壱岐島に移住。

子宮委員長はる時代のブログを削除して、

八木さやとして新しいブログを更新し始めました。


しかし、そこでも好きが高じて売り出したバスソルト販売に始まり、

企業やプロとコラボして、化粧品や音楽レーベルなど次々に販売。

結果的に、移住前より事業を大きく行うことに。


さらに、子宮委員長はる時代から

彼女の事業が発展していった過程を

ヒキコモリでも豊かになれる「自分ビジネスとしてまとめ、

動画を販売し、本も出版。

「吉野紗弥佳(さやりんご)」時代

東京ー壱岐島と遠距離だった旦那さんと

「壱岐島の人と結婚して、普通の家庭を持ちたい」と離婚。

島の男性と交際を始め、再婚(別居婚)しました。

なお、その運命?の男性と出会えるまでの過程や

ノウハウを「恋愛講座」としてまとめ動画販売。

子宮委員長はる→八木さや→吉野紗弥佳氏の詳細年表

ここからは、彼女の経歴についてより詳細にご紹介していきます。

できるだけ事実に基づいて記載していますが、

「子宮委員長はる」時代のブログが削除されていることもあり、

一部、管理人の記憶に基づく部分もあります。

「子宮委員長はる」より以前

活動内容結婚・交際歴
1985:
青森で誕生

2003:
上京。
専門学校に通いつつ
風俗嬢として働く
20XX:
専門学校卒業
(中退?)後、

風俗嬢を継続しつつ
ネイリストとして働く

性暴力・
裁判寸前のセクハラ・
パワハラ・DVを経験

子宮筋腫・
子宮けい癌・
中絶を経験

“男につけられた傷は
男で癒す”と決意






バツイチ子持ちの
男性と交際


男性が運転する
車の事故により、
子と死別

男性とも破局
20XX:
ネイリストを辞め、
風俗嬢として生きる
主に子宮委員長はるの子宮委員会 公式サイトより引用

「子宮委員長はる」時代

活動内容結婚・交際歴
2011:
ブログで現役風俗嬢公言
子宮委員長はるとして
活動開始。

全国で講演活動
2012:熊篠慶彦氏と交際
2013:
中目黒に相談所
あとりえ林檎オープン

父親不明で第一子妊娠し
風俗嬢引退




熊篠氏と破局

12月?
岡田哲也氏と
交際
2014:

5月
第一子出産

岡田氏とそれぞれ
講演会・セミナー活動を
精力的に行う

4月
岡田氏と結婚

子育て・家事・
はる氏の世話は
全て岡田氏が行う
2015:
9月
初の書籍
「子宮委員長はるの
子宮委員会」
出版
2016:
3月
「ゲス夜会」で、
Happy氏・
心屋仁之助氏と対談

4月
「願いはすべて、
子宮が叶える」
出版

10月
「美人は子宮で
作られる」
出版
2017:
1月
「お金は、子宮が
引き寄せる」
出版

一明源氏との
コラボセミナー
開催
(この頃はみんな
仲が良かった模様)

7月
「女の幸せは
“子宮”で決まる」
出版

(熊篠氏との
交際が映画化
はる氏はノータッチ)

一明氏との
交際解消と同時に
セ○クス卒業宣言





壱岐島での結婚式の際、
島内に気に入った物件を
見つけ購入

1月?
岡田氏と別居



一明氏と交際
(セ○レ)


7月
岡田氏と離婚






一明氏と
交際解消

10月に
八木龍平氏と結婚
(近所で別居婚)

Happy氏の
はからいで
壱岐島で盛大に
八木氏と結婚式
2018:
1月
引退記念として
霊視鑑定書販売

(2年後に
「八木さや」名で
再び鑑定書販売)

4月
Happy氏主催の
シンデレラプロジェクトで
盛大に引退宣言

10月
壱岐島に移住

12月
子宮委員長はる引退
同日、
「恋と愛の進化論」
出版









八木氏とは
遠距離生活
2019:
子宮委員長はる時代の
ブログ削除

「八木さや」時代 

活動内容
結婚・交際歴
2018:
(引退して
ガーデニング生活…
と思いきや、)
八木さやとして
活動継続


バスソルト販売



八木氏とは
遠距離生活
2019:
3月
心臓の音を音楽に
したCD
発売

5月
基礎化粧品販売

「自分ビジネス」
動画講座
販売

7月
ヒーリングCD
販売

Happy氏から
壱岐島の
セミナーハウス
「月の器」を
買い取る



不倫とともに
セ○クスも再開
(卒業宣言は一体…)

12月
「ヒキコモリの
法則」
出版





















10月?
八木氏公認(?)で
島の高齢者男性と
W不倫
2020:
1月
霊視鑑定書販売
(後々発送が遅れ
やや問題になる)

5月
自分メディカル
講座
販売

7月
ネットワーク
ビジネス
開始

8月
自宅の敷地内に
KAGUYA神社
建立


12月に
八木さや引退宣言










7月
岡田氏から
関わりを断つ宣言


8月
八木氏と離婚
さらに
不倫相手とも死別


島の男性、吉野氏
(バツイチ子持ち)
と交際
2021:


4月
名前を
吉野紗弥佳
(さやりんご)
に変更して活動継続

2月
吉野氏と入籍
(別居婚)

「吉野紗弥佳(さやりんご)」時代

活動内容結婚・交際歴
2021:


4月
名前を
吉野紗弥佳
(さやりんご)
に変更して活動継続

2月
吉野氏と入籍
(別居婚)

私が子宮委員長はる→八木さやさんにハマったワケ

最後に少しだけ、私自身のお話をしようと思います。

なぜ、私がこの記事を書こうと思ったのか。

それは、かつて私自身、彼女に傾倒していた時期が2回ほどあるからです。

子宮委員長はる時代の彼女にハマった時

1回目は心屋塾マスターコースを卒業してしばらく経った時のこと。

心は自由になったけれど「自分がどうしたらいいか分からない」状態だった時に彼女に出会い、

まずは三大欲求を満たして!」とアドバイスをもらいました。

彼女のアドバイス通り、三大欲求という最も分かりやすい欲求から

「自分が望むことを見つけ、叶える」

「自分の素直な気持ちを出す」

という練習を重ねていった結果、

私は、結果的にずっと辞めたかった会社を辞め、

また自分を大切にしてくれる相手と出会い結婚することができました。

途中から、私は引き寄せの法則に傾倒して、はるさんのことはブログを読むだけに…

八木さや時代の彼女にハマった時

2回目は、私が休養期間を経て「さあ、これから起業しよう」というタイミングでした。

ちょうど八木さやさんが「自分ビジネス」動画講座を販売開始。

ヒキコモリのままで豊かになる”というコンセプトはとても魅力的に見え購入しました。


実際、個人事業主になることについて何も知らなかった私にとって、

開業届の出し方から経費の仕訳まで一通り教えてくれた「自分ビジネス」動画はとても役に立ちました。


一方で「顔を出して、本名を出して活動した方がいい」という方針には賛同しきれず…。

(「顔を出さず、本名も出さず大きく成功している人もたくさんいるよね?」という考え)


また、起業したばかりで自己資金がカツカツなのに

次から次に発売される商品に「キリがない…」と感じ、徐々に離れて行きました。

この記事を書いたワケ

子宮委員長はる→八木さやさんから離れてからも、

やっぱり気になる存在ではあるわけで、時々ブログをのぞいたりはしていました。

また、某ネット掲示板やTwitterで彼女のことが書かれているのを見たりも。

そうすると、子宮委員長はる時代の彼女を知らない人も多くいることに気づくわけです。

彼女は10年以上活動を続けている上に

彼女自身、子宮委員長はる時代のブログを削除しているので、当然と言えば当然なのですが。


そんな所から「彼女の過去についてまとめた記事を書いてみようかな」と思うに至りました。

この記事が、彼女のことを最近知った人や、久しぶりに思い出した人のお役に立てれば幸いです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

ブロガー/心理カウンセラー。
それだけだと食べていけないので、
飲食店で配膳バイトもしています。
元は技術系会社の社員。
仕事で病みカウンセリングに救われ、カウンセリングを学ぶ。
セミナージプシー経験者。

目次
閉じる